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“キャンドルの先生はおばあちゃん”

 
 
田舎町に住むベッキーは両親とおばあちゃん、そして妹の5 人暮らしでした。
ある日の昼下がり、おばあちゃんは週末のホームパーティーで使うキャンドル作りの真っ最中でした。若い頃に、キャンドル工房で働いていたおばあちゃんは、退職してからもキャンドル作りを趣味としていました。ベッキーが部屋の隅からじっと作業の様子を眺めていると、気配に気がついたおばあちゃんはやさしく手招きをし、作業を手伝わせてくれました。その作業は溶かしたワックスを型に注ぐだけの簡単なものでしたが、物づくりが大好きだったベッキーは楽しくて仕方がありませんでした。
 
それ以来、ベッキーはおばあちゃんから定期的にキャンドル作りの手ほどきを受けるようになりました。キャンドルについて色々と教えてもらうにつれ、次第にベッキーはキャンドル作りの魅力に取りつかれるようになりました。そして、いつの間にか、学校から帰るとキャンドル作りをすることが日課になっていました。
キャンドルを作らない日はおばあちゃんが若い頃に読んでいたキャンドル本を読みふける日々でした。キャンドルを試作するたびに、おばあちゃんに見てもらい、感想やアドバイスをもらいました。ベッキーは作品を褒めてもらえることが何よりも嬉しくてたまりませんでした。日一日と増えていくキャンドルたちは両親や妹、そして友達にプレゼントするようになりました。みんなが喜んでくれる姿を見ると、ますます創作意欲が増していきましたが、一方でなかなか思い通りの作品が出来ないと悩むようにもなってきました。
 

    “キャンドル作りは一見簡単そう!! でも実は意外と奥が深い”


 
型にワックスを流す簡単なものでもワックスの種類や注ぐ温度、室温でキャンドルの出来栄えは全く違うものになってしまいます。何度も試行錯誤しているうちにベッキーのキャンドルノートは、細かく書きとめた文字でいっぱいになりました。そして、ベッキーの部屋は作ったキャンドルで壁一面が埋め尽くされてしまいました。
 
そんなベッキーはある時、転機を迎えます。親友から“キャンドル作りを教えてほしい”と頼まれたのです。ベッキーは、それを喜んで引き受けます。そのレッスンは、ベッキーがおばあちゃんから最初に教わったのと同じように、キャンドル作りの楽しさを知ってもらうことが目的でした。嬉しいことに、ベッキーのキャンドルレッスンは大評判。噂を聞いた友達がだんだん増えていき、ついにベッキーの生徒さんは100 名を超えました。学校では“キャンドルベッキー”と呼ばれ、ちょっとした有名人になっていました。いつの間にか、キャンドルの先生であるおばあちゃんからも独り立ちしたベッキーの中で一つの夢が膨らむようになってきます。
 
“キャンドルショップを作って、自分の作品をたくさんの人に見てもらいたい”そこで思い切って、“キャンドルショップを作りたい”とお父さんに相談してみるのですが、大反対されてしまいます。“お店を作るのはそんなに甘いことではない”そう、お父さんに諭されてしまうのです。一方で、3 年間頑張ったら相談にのってくれると約束してくれました。その約束を聞いて大喜びしたベッキーはその日以来、友達や近所の人たちからもらうレッスン代、両親からもらうお小遣い、そしてフリーマーケットでキャンドルを販売して手にしたお金をコツコツ貯金するようになります。と同時に、お父さんと一緒に世界中を旅して廻ります。アメリカ、メキシコ、カナダ。ヨーロッパは鉄道を乗り継ぎ10 カ国以上を見て回りました。その旅を通じて、ベッキーはまだ知らなかった新しい材料やキャンドルに出会い、益々創作意欲が増していきました。
 ついに、お父さんとの約束から3 年以上経ったある日の週末、いつものようにキャンドル作りをしていたベッキーにお父さんはこう言ってくれます。 
 

“ベッキー、キャンドルショップを作ろうか?”  

 
 突然の事でびっくりするベッキーですが、すぐに状況を理解し、お父さんに抱きついて喜びます。来る日も来る日もキャンドル作りを一生懸命しているベッキーの姿を見ていたお父さんが、ベッキーに内緒で開店の準備を進めていてくれたのです。そして、そのお店の外観はベッキーがずっと前に描いていたスケッチを参考にした可愛いお店でした。ベッキーは開店に合わせて大切なお店のポリシーを考えました。
 
“自分で選んだ良質な材料だけを使う”“アイデアが詰まったキャンドルを子供のお小遣いで買えるようにする”“1 つ1つのキャンドルを真心を込めて作る”そんな思いを込めてベッキーは“Quality”“Innovation”“Sincerity”の三つの誓いを立てました。決して量産することは出来ないけど、心を込めて作るキャンドルたち。そんなベッキーのこだわりがたくさん詰まったキャンドルショップがいよいよオープンを迎えます。
 
 ベッキーの夢はまだまだ始まったばかりです。念願のショップをオープンさせたベッキーの次の目標は漠然とはしているけれど、自分が作ったキャンドルを世界中に届けられるようになること。そして、その目標を叶えるために世界中を飛び回る日々がまた始まります。
 
 次の目標が少しずつ見えてきたベッキーは、新作キャンドル作りに取り組むようになります。休日には美術館や図書館に通い、絵画や彫刻などの芸術作品を参考にしたり、カラーリングやデザインの勉強をしました。晴れた日には緑に囲まれた近所の公園を散歩するのが大好きでした。青い空の下で、のんびりと雲を見ながら歩くと心身ともリラックスが出来るし、パワーが沸いてくる気がするのでした。そして、何よりも仲の良い友だちとミュージカルや映画鑑賞に出かけ、恋愛や日常のたわいもない会話を楽しむのがベッキーにとっては何よりも貴重な時間でした。そんな日々を過ごし、あっという間に時が過ぎていきます。
 

“風に誘われて”

 
 
キャンドルショップをオープンして3 年が経ったある日、ベッキーがいつものように店番をしていると、親子連がお店に入ってきました。風に誘われて甘い香りがしたので、その匂いをたどるとキャンドル屋さんの看板が見えたのだそうです。外国から来たその親子は、壁一面に並んだキャンドルを一通り眺めると、“素敵なキャンドルですね”とベッキーに向かって、微笑んでくれました。子供たちは嬉しそうに店内のキャンドルを手に取りながら、アロマキャンドルの香り当てゲームに興じています。お父さんから“ここで作っているの?”“誰が作ったの?”と矢継ぎ早に質問を受けると、ベッキーは“全部、私が作ってます”とちょっと得意げな表情で答えます。街をのんびり散策しながら、お土産を探していた彼らはちょうど良いものが見つかったと、特に気に入ってくれたキャンドルを3本買ってくれました。
 
“もっとお店を出したらいいのに”
 
“日常生活でキャンドルを灯す習慣がある欧米ではキャンドルは消耗品だからとてもシンプルなものが多い。僕の国にはこんなキャンドル、どこ探してもないからきっと気に入ってくれるんじゃないかな”と嬉しいアドバイスもしてくれました。まだまだ海外でキャンドルを売るなんて、夢のまた夢。そう考えていたベッキーは、そのお客さんを店先まで見送り、人混みに紛れて歩いていくその親子の後ろ姿を眺めながら、次の目標を明確に立てたのです。
 

“ベッキーの試練”
  

 そんな夢が広がるベッキーに予期せぬ試練を迎えます。ベッキーが顔見知りのお客さんと立ち話をしていると、いつもベッキーを応援してくれていたおじいさんの納屋が全焼してしまった話を聞かされます。干草を入れていたその納屋がキャンドルの火の消し忘れで全焼してしまったそうなのですが、不幸中の幸いでおじいさんとその家族、そして自宅は無事でした。ただ、ベッキーにとってはとても残念なことがもう1 つありました。それは自分の作ったキャンドルが火事の要因になってしまったことです。
ここ最近おじいさんが顔を見せなかったのにはそんな訳があったのです。ただでさえ、悲しい火事の知らせがベッキーにとっては2 重3 重の悲しみになりました。責任を感じたベッキーはひどく落ち込んでしまいます。さらに追い討ちを掛けるようにその火事のニュースは町中に広がり、徐々にキャンドルを敬遠する人も増えてきてしまいました。常連さんでさえ、いつものようにお店には来てくれるものの軽く挨拶をするだけで、帰ってしまうようになってしまいます。
 
 売上げも目に見えて落ち込んできたベッキーはキャンドルを作る回数も落ち込んでしまいます。次第に持ち前の明るさが影を潜めてくるようになり、お客さんが閑散としたお店でベッキーはじっと考え込むことが増えてしまいました。このままだとあんなに大好きだったキャンドル作りが嫌いになってしまいそうで、少しずつ恐怖心が芽生えてくるのでした。思い起こせば、おばあちゃんからキャンドル作りを教えてもらってからというものずっと楽しかったベッキーにとって初めて芽生えるこの感情に違和感を感じる一方で、お父さんがこんなことを話していたのを思い出しました。
 “趣味で始めたことを仕事にするとその両方を失う事があるんだよ”
 
   
 その当時のベッキーにとって言葉の真意もよく分からず、“大丈夫、ずっと大好きなままでいるから絶対にやめないよ”と答えていました。あれから数年経ち、お父さんの言っている意味がようやく分かった気がします。
楽しく始めたこともこれが仕事になると、良い時もあれば、悪いときもある。商品が売れなければ、お店を続けられることも出来ない、そういう現実を知ったのです。買ってくれる人がいなければ大好きなキャンドルも作れなくなる。どんなに好きでも必要ないと言われれば、時には諦めなくては行けない時が来る。
あの当時にお父さんにその覚悟を聞かれていたことに今、やっと気がつきました。
 
 落ち込むベッキーにお母さんがこんなことを話してくれました。
 
“お母さんの子供の時はよくキャンドルを使ったけど、最近は使う機会も減ったからどう使っていいかわからないものなのよ。火の扱い方を知らない人が増えているのかもね”毎日のようにキャンドルを灯しているベッキーにとって、キャンドルを使うことはごくごく日常的になことだけど、キャンドルの正しい使い方を知らない人が多いのもまた現実です。落ち込んでばかりはいられないと考えたベッキーはもっとキャンドルの使い方について正しい知識を伝え、実行していこうと思いました。まずは“キャンドル燃焼中はその場を離れない” “キャンドルを小さな子供やペットの近くに置かない。そして、灯さない”“新聞紙やカーテンなどの燃えるものの近くで使わない”この3つを強調してお客さんに伝えることから始めました。少しずつ前向きになったベッキーの心の中にあったどんよりとした雲が晴れたような気分になりました。今まではちょっと背伸びをしていたベッキーも様々な試練を経験したことで少し大人になった気がしたのです。そして、次の誕生日を迎えたベッキーに、いつも近くで見守ってくれていたお父さんから素敵なバースデープレゼントが届きました。なんとそれはお店の新しいロゴマークでした。そのデザインは少しずつ大人になっていくベッキーのシルエットが描かれた素敵なものでした。